「106万円の壁がなくなる」という見出しが、この夏から目につくようになった。2026年10月1日、パートやアルバイトが社会保険に加入する要件から、月額賃金8万8000円以上という条件が外れる。年収に直すと約106万円。これが「106万円の壁」と呼ばれてきたものだ。
壁がなくなるなら、働く時間を気にしなくてよくなるか、というとそうでもなさそうだ。
今回なくなるのは4つある要件のうちの1つで、残り3つはそのまま残る。しかも、その1つはすでに実質的な意味を失っているものだ。
最低賃金が壁を追い越していた
なぜ賃金要件が撤廃されるのか。厚生労働省が公表した政令案の概要に、その理由が書かれている。
「令和8年4月1日以降は全都道府県で最低賃金が1016円以上となり、労働時間要件に該当しなければ自動的に賃金要件にも該当しなくなった」
時給1016円で週20時間働けば、月の賃金は8万8000円を超える。2026年度の地域別最低賃金は全国加重平均が1177円で、最も低い宮崎県でも1085円。週20時間働く人は、もう全員が8万8000円を超えてしまう。だから要件として機能しなくなり、条文から外すことになったというのが、今回の改正の中身である。
つまり「壁がなくなったから手取りが減る人が増える」のではない。順番は逆で、最低賃金が上がって壁が意味をなさなくなったため、条文を整理したということである。
残る3つの要件とは?
10月以降も残るのは次の3つだ。
・週の所定労働時間が20時間以上であること。
・2か月を超えて雇用される見込みがあること。
・学生でないこと。
そして、もう1つが多くの人にとって大きいのが企業規模の要件である。
社会保険の適用対象になるのは、いまのところ従業員51人以上の企業に限られており、ここは10月に動かない。50人以下の会社で働いている人は、賃金要件が消えても加入対象にはならない。
この企業規模要件が下がりはじめるのは2027年10月から。厚生労働省の資料では、36人以上の企業が2027年10月、21人以上が2029年10月、11人以上が2032年10月、そして2035年10月に完全撤廃と、段階的に進む。10年かけて広げていく計画だ。
| 時期 | 対象となる企業 |
|---|---|
| 2024年10月(現在) | 51人以上 |
| 2027年10月 | 36人以上 |
| 2029年10月 | 21人以上 |
| 2032年10月 | 11人以上 |
| 2035年10月 | すべての企業(要件撤廃) |
まず自分が対象かどうかを確かめる
自分の働き方が10月からどうなるのか。上から順に見てほしい。
| 確かめること | 結果 |
|---|---|
| 1 週の所定労働時間は20時間以上か | いいえ → 対象外。ここで終わり はい → 2へ |
| 2 勤務先の従業員は51人以上か | いいえ → 10月時点では対象外。2027年10月に36人以上へ はい → 3へ |
| 3 学生ではなく、2か月を超えて働く見込みがあるか | いいえ → 対象外 はい → 4へ |
| 4 最低賃金の減額特例を受けているか | はい(かつ月8万8000円未満) → 当分の間は対象外。申し出れば加入できる いいえ → 加入対象 |
週の所定労働時間は20時間以上か
20時間未満なら、10月以降も社会保険の加入対象にはならない。ここが最初の分かれ目になる。所定労働時間は雇用契約で判断するため、たまたま残業した月があっても関係ない。
勤務先の従業員は51人以上か
50人以下なら、10月時点では対象外だ。勤務先が該当するかどうかは、給与明細や会社の担当者に確認するのが確実である。2027年10月には36人以上まで下がるので、いまは対象外でも来年には変わる可能性がある。
学生ではないか/2か月を超えて働く見込みはあるか
学生は対象外。雇用期間が2か月以内の見込みしかない場合も加入しない。
最低賃金の減額特例を受けていないか
ここが見落とされがちなところだ。最低賃金法第7条には、心身の障害で労働能力が著しく低い人、試用期間中の人、軽易な業務や断続的労働に従事する人について、最低賃金を下回る額で働くことを許可する制度がある。この特例を受けていて報酬が月8万8000円未満の人は「特定減額特例対象者」とされ、当分の間は被保険者にならない。ただし自分から申し出れば加入できる。8万8000円という数字は、この場面だけ残るわけだ。
加入するとどうなるか
すべてに当てはまって加入することになった場合、負担はどれくらいか。東京都の協会けんぽ、40歳未満、標準報酬月額8万8000円で計算してみる。
| 項目 | 月額 |
|---|---|
| 厚生年金保険料 | 8,052円 |
| 健康保険料 | 4,334円 |
| 子ども・子育て支援金 | 101円 |
| 合計 | 12,487円 |
厚生年金保険料が8052円、健康保険料が4334円、2026年4月から始まった子ども・子育て支援金が101円。合わせて月1万2487円が給与から引かれ、年間では約14万9800円になる。健康保険料率は都道府県で違い、東京は9.85%、全国平均は9.9%。40歳以上なら介護保険料率1.62%が加わるため、負担はもう少し重くなる。
手取りが減るのは事実だ。一方で、厚生年金に入れば将来の年金が増え、病気やけがで働けなくなったときの傷病手当金、産休中の出産手当金も受け取れるようになる。これは国民健康保険にはない給付である。
見落とされやすいのが、この保険料は労使折半だという点。給与から引かれる1万2487円と同じ額を、勤務先も負担している。国民年金を自分で払っている人が全額を自己負担しているのと比べると、同じ年金を積むためのコストは半分で済む。
さらに、新しく加入対象になる人には3年間、事業主が追加で保険料を負担して本人の負担を軽くできる特例措置も用意された。標準報酬が月8万8000円の人なら本人の負担は本来の半分まで下がり、賃金が上がるにつれて軽減幅は小さくなる。適用は勤務先の判断によるが、こうした制度があることは知っておいて損はない。
損か得かは、あと何年働くかで変わる。10年、20年と厚生年金に加入し続ける人と、数年で辞める予定の人とでは、同じ月1万2487円の重みがまるで違ってくる。
130万円の壁は残っている
もう1つ、混同しやすい点がある。よく並べて語られる「130万円の壁」は、今回の改正とは別の制度だ。配偶者や親の健康保険の扶養に入れるかどうかの基準で、10月以降も残る。
こちらは2026年4月に別の見直しがあった。年間収入を労働契約の内容で判断することになり、あらかじめ決まっていない残業代は含めない。想定外の残業で130万円を超えても、その範囲が社会通念上妥当なら扶養から外れない扱いになった。また、2025年10月からは、19歳以上23歳未満の人(被保険者の配偶者を除く)の基準が150万円未満に引き上げられている。60歳以上と障害のある人は180万円未満だ。
50人以下の会社で週20時間以上働いている人にとっては、いまも意識すべきは106万円ではなく130万円のほうだといえよう。
10月に慌てる必要はない
整理すると、2026年10月に変わるのは条文から賃金要件が消えることで、それによって新しく加入対象になる人はほとんどいない。すでに最低賃金が壁を越えていたためである。
実際に対象が広がるのは2027年10月から。勤務先の従業員が36人から50人の範囲にある人は、来年のいまごろ、同じ話をもう一度確認することになる。
「壁がなくなる」という言葉だけが先に走っているが、自分に関係があるかどうかは、週20時間と勤務先の規模という2つを見れば判断がつく。まずはそこを確かめておきたいところだ。
※本記事は2026年9月14日時点の公表資料にもとづく情報提供を目的としたものです。保険料率は加入する健康保険や都道府県、年齢によって異なります。ご自身が加入対象となるかどうかの判断は、勤務先または年金事務所にご確認ください。
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